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仙台高等裁判所秋田支部 昭和50年(う)9号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

控訴の趣意は、弁護人柴田久雄提出の控訴趣意書記載のとおりである(なお、六枚目裏九行目「もつとも……」以下七枚目表一行目「ある。」までを削除し、かつ第三点中、原判示第一、六および第二、四に関する部分を撤回した。)から、これを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反)について。

所論は、要するに、原判決は、被告人が昭和四七年九月一日ころ偽造した被告人宛印鑑証明書一通を、そのころ偽造した伊藤千鶴子宛印鑑証明書一通と共に、同年九月一六日ころ、株式会社羽後銀行秋田駅前支店事務室において、日景典義に対し一括行使したという公訴事実に対して、訴因変更手続を経ることなく、原判示第二、三で、右偽造した被告人宛印鑑証明書一通は、同年一一月二〇日ころ、右秋田駅前支店で日景典義に行使したと認定したが、公訴事実と原判決認定の事実とでは、罪数を異にするだけでなく、その行使の月日が著しく異なり、被告人に防禦の機会を与えるため、訴因変更の手続を必要とするから、その手続をとることなく原判示第二、三の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるという。

しかし、犯行の年月日は、罪となるべき事実に含まれないと解されるし、原判決はその掲げる証拠によつて、原判示第二、三の行使の年月日を認定し、被告人自身も昭和四七年一一月二〇日に行使したことを認めており(昭和四八年一〇月二五日付司法警察員に対する供述調書)、被告人に防禦の機会を与えなかつたとはいえないのみか、数通の偽造文書を一括行使したとの公訴事実に対して、これを別個に行使したと認定しても、原判決が認定した他の罪とも併合罪の関係にあるから、処断刑の範囲に差がなく、結局原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとは思われない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認および法令適用の誤り)について。

所論は、要するに、一般に文書偽造罪は、文書の公共的信用を保護しようとする社会的法益に対する犯罪であるから、その主観的要件である行使の目的は、単に使用するという意図だけでは足りず、文書の公共的信用を害しようとする目的が必要であると解すべきである。被告人には本件各印鑑証明書の作成によつて、公共的信用を害しようとする目的はなかつたから、被告人は無罪であるという。

しかし、文書偽造罪の成立に必要な行使の目的とは、偽造文書を真正な文書と誤信させようとする目的があればよく、それ以上に文書の公共的信用を害し、あるいは害しようとする目的まで要するとは考えられないし、本件において、被告人が、真正に作成されたものとして行使する意図で、秋田市長公印を冒捺して印鑑証明書を偽造・行使していることは明らかであるから(被告人の原審第一、二回公判廷における供述、被告人および日景典義の各検察官に対する各供述調書)、被告人に行使の目的があつたとして、有印公文書偽造、同行使罪の成立を認めた原審の判断は相当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(事実誤認および法令適用の誤り)について。

所論は、原判示第一、一ないし五、第二、一ないし三の各事実につき、被告人は秋田市役所市民課調査係長として、随時印鑑証明書発行事務を分担援助していたものであるから、被告人には印鑑証明書の作成権限があつたのに、被告人に右権限がないとして有印公文書偽造罪、同行使罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ひいては法令適用の誤りがあるという。

関係証拠によれば、次のような事実が認められる。

秋田市役所本庁における印鑑証明書発行事務については、同市役所事務分掌規程上はつきりした規定はなく、ただ同市事務決裁規程により、右発行事務が市民課長の専決事項とされていること(同規程一一条六号)、市民課には、市民係、戸籍係、調査係の三係があり、それぞれの所掌事務を分掌していたが、印鑑証明書の発行事務については、主として市民係所属係員が担当していたものの、当時その人員は一九名位で、休暇をとる者が常態であつたこと等から、昼休み時には予め割当てられた表によつて三係の課員全体が右事務を担当し、昼休み時以外でも、事務が輻輳している場合には、市民課長の指示によりあるいは自主的に市民係以外の課員も同事務を遂行していたこと。そうすると、印鑑証明書の発行事務は、慣行上、一般的には、秋田市役所市民課課員全員に職務上その権限があるものと考えられる、そうすると、正規の手続および日的にしたがつて作成される限り、市民課員であつた被告人に印鑑証明書の発行事務に関する職務権限があつたということができる。さらに、関係証拠によると、印鑑証明書の発行事務手続については、秋田市印鑑規則があり、手続の準則が定められているが、細かな規定までおかれず、申請者の申請から印鑑証明書の交付までは、実際の運用によつてまかなわれていたこと、すなわち、まず申請者が市民係備付けの申請用紙および印鑑証明書用紙の所定欄に記載および押印して受付けに提出すると、受付係が記載事項を点検して照合係に回付し、照合係は申請された印鑑証明書用紙に押捺された印影と市役所保管の印鑑簿の印影を照合して同一と認めると、同用紙に作成年月日と秋田市長名のゴム印を押捺して認証係に回付し、認証係は再度申請書用紙と印鑑証明書用紙の記載内容を確かめたうえ市長名下に、市長公印を押捺して交付係に回付し、交付係が手数料と引換えに印鑑証明書を交付し、申請書は一日分が一括されて、翌朝市民課長もしくはその代理者が決裁するという一連の手続きが実際の運用とされ、なお同一人が受付から認証までの事務を扱うことがあつたこと、被告人は、自宅新築資金の借入れのための銀行取引契約締結、秋田市職員共済組合からの金員貸付契約締結のため、利用する意図で、原判示第一、一ないし五および第一、六のとおり印鑑証明書合計六通を作成したが、いずれも申請手続をはじめ正規の手続を履践していないのみか、もつぱら自己の住宅新築資金を得るため自己の立場を利用して作成したものであることがそれぞれ認められる。したがつて被告人が作成した原判示第一、一ないし五の印鑑証明書は、被告人が権限を濫用して作成した偽造文書にあたり、その行使は、偽造文書の行使にあたるものと思われる。

原判決は、印鑑証明書の発行事務は、市民課市民係が所掌するとして、被告人には発行事務の職務権限がないとして原判示各事実を認定しているが、要するにこれは被告人には原判示各印鑑証明書の作成について正規の作成権限がないこと、したがつて被告人の印鑑証明書の作成および行使が偽造および偽造文書の行使にあたることを判示しているのであるから、結局原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ひいては法令適用の誤りは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第四点(量刑不当)について。

本件は、秋田市役所民生部市民課調査係長として勤務していた被告人が、自宅の新築資金借入れの手続に利用するため、自己または他人宛の印鑑証明書合計六通を偽造し、これらを銀行または秋田市職員共済組合の係員に交付して行使したという事案で、犯行の回数、社会的影響に徴して、被告人の刑事責任は軽視できない。しかしながら偽造した印鑑証明書の名宛人は、被告人宛二通のほかは同人の妻、義父および知人二名であり、それらの者は、いずれも資金借入れのため保証人等になることならびに、そのために印鑑証明書の交付を受けてこれを使用させることを承諾していたと認められること、本件各偽造印鑑証明書の印影と当時の印鑑簿の印影の各印影とが同一であつたこと、本件当時秋田市役所における印鑑証明書の発行事務に関する市民課内部の服務規律が緩み、同種行為が多発していて、被告人はその影響を受け、右のような印鑑証明書の名宛人との関係から安易な気持で本件各犯行におよんだものと認められること、その他被告人の経歴、性行等被告人に有利な事情が窺えるが、それらの事情を十分に斟酌しても、原判決の量刑は不当に重いとは思われない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

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